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翻訳あれこれ

第8回:翻訳に役立つ参考書(8)

裏返し文章講座 翻訳から考える日本語の品格 (別宮貞徳)  ちくま学芸文庫

別宮貞徳氏は、元・上智大学文学部教授であり、翻訳家です。『翻訳を学ぶ』や『翻訳読本』といった翻訳学習者向けの優れた著書が多数あります。しかし、最も有名なものは、質の良くない有名翻訳書を取り上げて批評する『欠陥翻訳を斬る』シリーズでしょう。本書も、その流れを汲む一冊です。

著者の主張を一言でいうなら、「直訳は翻訳にあらず」ということです。「直訳は決して忠実正確ではなく、(中略)むしろ不忠実不正確」だと述べています。では、直訳とはどんなものでしょうか。要約すれば、学習辞書と初等文法書を片手に、能天気に英単語を日本語に置き換える、高校生でもできる作業だと言えます。

「直訳の直は安直の直。ただ辞書に出ている訳語をつなげ」ているだけだという氏の直訳批判と、その反骨精神が組み合わさった時、「欠陥翻訳批評」という一連の著作が生まれ、多くの翻訳書とその翻訳者が氏の鋭い批判にさらされることになりました。本書でも、経済学の大御所や有名な作家が批判の対象になっています。翻訳の良し悪しについて言えば、勝負は初めからついています。英文学者がハイエクやケインズについて知ったかぶりの議論をすれば、経済学者は鼻で笑うことでしょうが、経済学者のほうでは(経済学者に限らず)、英語ぐらい朝飯前だ、と考えるようです。翻訳をしたとされる学者や作家の言い訳が面白くてご愛嬌です。

しかし、ことは笑い話では済みそうにありません。別宮氏が続けてきた「欠陥翻訳」批判の努力が実っているのかと言えば、Noです。「直訳は原文から直接だから忠実で正確、意訳はそれをわかり易くおよその意味を汲んで書きかえたものだから、通りはいいが必ずしも忠実正確ではない」という頑固な思い込みは、かなり根深くかつ広く流布しているようです。

直訳から抜け出すにはどうすればよいかと悩んでいる人やプロ翻訳家を目ざす人が読むべき必読書の一つです。